二十代の中盤に差し掛かったある朝、洗面所の鏡で自分の顔を眺めていた私は、こめかみ付近の生え際が以前よりも深く抉れている現実に直面し、言いようのない恐怖に襲われました。それからというもの、私の生活はエム字はげをいかにして治すか、あるいはいかにして隠すかという強迫観念に支配されるようになり、ネット上で見かけるあらゆる情報を盲信しては挫折を繰り返す、出口のない迷路を彷徨う十年間の戦いが始まりました。最初は高価な育毛シャンプーや頭皮を叩くマッサージ、さらには海藻類を大量に摂取するといった、今思えば科学的根拠の乏しい方法に多額の金と時間を費やしましたが、エム字の後退は冷酷なまでに進み続け、私の心は次第に治らないという絶望に染まっておきました。友人と写った写真を見返しては昔の自分の生え際を羨み、風が吹くたびに額が露出することを恐れて外出さえ億劫になる日々は、私の自己肯定感を著しく削り取りました。しかし、三十代半ばを過ぎた頃、私はついに自己流の対策を捨て、専門的な医療機関の門を叩く決意をしました。そこで医師から告げられたのは、エム字部分は非常に手強い場所ではあるが、毛根が生きている限りは改善の余地があるという言葉でした。そこから始まった本格的な治療は、私に多くの教訓を与えてくれました。服用を開始して最初の数ヶ月は目に見える変化がなく、やはり自分だけは治らない例外なのだと諦めかけましたが、半年を過ぎたあたりで、あんなに透けていたこめかみの部分に力強い産毛が密集して生えてきているのを発見した時の震えるような喜びは、一生忘れることができません。十年間にわたる格闘の末に私が得た結論は、薄毛という問題は単なる美容の悩みではなく、自分の体質と誠実に向き合い、正しい科学を選択し続けるという一種の精神修養であるということです。完璧に十代の頃のヘアラインに戻ることはありませんでしたが、維持できている今の自分を私は誇りに思っていますし、鏡を見る恐怖から解放された日常は、何物にも代えがたい幸福をもたらしてくれました。エム字はげは治らないと嘆く前に、自分の体の中で何が起きているのかを正しく知り、適切な助けを求めること。その一歩を踏み出す勇気こそが、失いかけた自信を取り戻すための最大の武器となることを、私は自身の十年間を持って証明したいと思います。今は、風を恐れずに堂々と歩ける毎日が、私にとっての何よりの発毛成果なのです。
生え際の後退に抗い続けた私の十年間の記録と収穫