高校二年生の鈴木拓也くんは、かつてはクラスの中心でよく笑う、明るい少年だった。しかし、半年前から始まった抜け毛によって、彼の日常は一変してしまった。最初は気のせいだと思っていたが、シャンプーのたびに排水溝に溜まる髪の量と、鏡で見るたびに薄くなっていく頭頂部に、彼の心は少しずつ蝕まれていった。彼は次第に口数が減り、休み時間も一人で過ごすことが多くなった。大好きだったサッカー部の活動にも身が入らず、練習中はいつも周りの視線を気にして俯きがちになった。友人が「最近元気ないな」と声をかけてくれても、「別に」と素っ気なく返すことしかできない。本当は、この苦しみを誰かに打ち明けたくてたまらないのに、プライドが邪魔をしてどうしても言い出せなかった。そんな拓也くんの変化に、一番最初に気づいたのは母親だった。息子の笑顔が消え、食欲もなく、部屋にこもりがちになった姿を心配し、何度も「何かあったの?」と尋ねた。しかし、拓也くんは頑なに心を閉ざしたままだった。ある日、母親は拓也くんの部屋を掃除している時に、机の引き出しの奥に隠された育毛剤の空き箱を見つけてしまう。その瞬間、息子の苦しみの原因を悟った。彼女は拓也くんを責めたり、問い詰めたりはしなかった。その代わり、静かに皮膚科のクリニックを予約し、その日の夕食後、「一度、専門の先生に相談してみない?お母さんも一緒に行くから」と優しく切り出した。拓也くんは最初、抵抗した。しかし、母親の真剣な眼差しと、「一人で悩まなくていいのよ」という言葉に、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れた。彼は、堰を切ったように自分の悩みや不安を泣きながら母親に打ち明けた。後日、二人で訪れたクリニックでの診断は、AGAではなく、受験や部活のストレスが原因の脱毛症だった。医師は、生活習慣の改善とストレス管理の重要性を丁寧に説明してくれた。原因がはっきりしたこと、そして何より母親という一番の味方ができたことで、拓也くんの心は驚くほど軽くなった。それから彼は、少しずつだが変わっていった。母親が作る栄養バランスの取れた食事をしっかり食べ、夜更かしをやめて早く寝るようになった。髪型も、薄い部分が目立たないようなお洒落なショートカットに挑戦した。小さな変化だったが、その一歩が彼の失われた自信を少しずつ取り戻させてくれた。